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の席に出る場合

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の席に出る場合


にこにこと、しかしずばりと包知事は核心をついてきた。
 なんだ、わかっていたのかと懐徳は肩を落とした。それはそれで喜ばしいことなのだが、わかっていながら何をとぼけているのかという脱力感の方が大きかったからだ。
「で、何が一番の問題になっているんですか?」
 と、続けて訊いてきたから脱力の度合いも増す。
「知事どのは何が問題になっているとお考えで?」
 問い返してみた。
「さて、仕事はそこそこに片づけているからいいとして、まず、暮らしが質素すぎるとかいうのでは?」
「それもあります」
 地方官とはいえそれなりの役職に就《つ》き、実績も上げ、噂では主上《おかみ》のおおぼえもめでたいという人物が、ふだんは書生《しょせい》の着るような白い麻の長衫《ちょうさん》で過ごしている。さすがに公《おおやけ》の席に出る場合はふさわしく威儀をただすが、長続きはしない。仕事に使う文具もごくごくありふれた品で、貴顕《きけん》の高官によくある文人趣味やこだわりはまったくといっていいほどない。かといって、質素倹約、清廉《せいれん》潔白を気取っているわけでもない。
 それはそれで立派なことなのだが、困るのは部下だ。上司が質素なのに、それを凌駕《りょうが》するわけにはいかない。
 べつに包知事は部下に強制しているわけではないし、絹服を着ていたり持ち物に凝《こ》っているからといってとがめ立てしたことは一度もない。しないどころか、そういうものの価値がわかっているのかどうか、さらにいえば他人の衣服や持ち物が目にはいっているのかさえわからないのだが、それでも、うしろぐらいものを持っている人間にとっては窮屈《きゅうくつ》極まりないのだろう。それでも、萎縮してしまうのが人情というものなのだ。
 着任したてのころ、知事の身辺を調べた上で、贈り物をした者がいる。
 そもそも、新任者の噂は着任前から出回っている。包知事がおっとりと穏やかで一見無能に見えはするが、実はなかなかの切れ者で、特に部下には厳しいという話も役人たちには届いていた。懐徳が知り合った頃は、包知事の最初の着任地ということもあって、その外見に見事にだまされたものだが、実績を積めば隠すのは不可能だ。だから、それなりの対策もされる。
 その男は新任の知事は清廉潔白、なにごとも質素を旨とすると伝えきいた上で、金銭や書画骨董、高価なものでは受け取るまいと考えた。頭を絞ったあげくに考えついたのが文房四宝《ぶんぼうしほう》と呼ばれる墨、硯《すずり》、筆、紙の四種を手配し、それを特別|誂《あつら》えの台の上に載せて贈ったのだ。これならば、日常の事務にも必須であり硯以外は消耗品だから使ってしまえば抵抗はないだろう。
 だが、黒檀《こくたん》で作った猫足の台を困ったように見た包知事は、
「申しわけありませんが、これは私には使えません」
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